バターとマーガリンの違い|成分・香り・製法を科学で読み解く
パンの味わいを決める最も重要な要素のひとつ──それが「油脂」だ。
その代表格が バター と マーガリン。
どちらもパンに使われるが、その違いを正確に理解している人は意外と少ない。
この記事では、
成分・香り・融点・製法・歴史・科学的根拠
を総合的に見て、「決定的な違い」を解きほぐしていく。
そして後半では、長年語られてきた
「マーガリンは身体に悪い」
という誤解について、2020年以降の最新研究を基に冷静に整理する。
パン屋としても、消費者としても、
この話題は正確に理解しておきたいテーマである。
成分の決定的違い:乳脂肪か、植物油脂か
まずは成分が根本的に異なる。
● バター
・主成分:乳脂肪(約80%)
・添加物:基本的になし
・風味:ミルク由来の芳醇な香り
・製法:生クリームを撹拌し、脂肪球を分離して固めるだけ
バターはシンプルだ。
材料は「乳脂肪」「水分」「たんぱく質」。
ミルクを物理的に分離して固めた、非常に自然な食品。
● マーガリン
・主成分:植物油脂(70〜80%)
・添加物:乳化剤、香料、ビタミンAなど
・風味:調整による香り
・製法:植物油を硬化させ、乳化して滑らかにする
マーガリンは「油脂を食品として安定化させたもの」。
目的は「常温で扱いやすく、バターの代わりになる油脂を作ること」。
科学的には、“加工食品”というより
「油をバター的に使えるように設計した油脂製剤」という位置づけに近い。
決定的な違いは“融点”と“香りの立ち方”
● バターの融点:30〜35℃
口に入れた瞬間に溶ける。
この溶け方こそが、パンや焼き菓子を「贅沢」に感じさせる理由だ。
溶けた瞬間、一気に
乳脂肪由来の香気成分(ラクトン)が広がる。
これは植物油では再現できない。
● マーガリンの融点:35〜40℃
やや溶けにくい。
そのため、パンに「軽さ」を出しやすい特徴がある。
クロワッサンやデニッシュの“軽いサクサク感”を
意図的に出したい場合、マーガリンの方が理にかなっていることもある。
油脂の扱いを熟知している職人なら、
目的によって使い分けることは十分にある。
■ 製法の違いが「風味の違い」を支配している
● バターの風味
・生乳由来
・発酵バターは乳酸菌の香りが追加される
・加熱するとナッツのような香り(メイラード反応)
「本物の香り」と言われるのは、生乳が原料だからだ。
● マーガリンの風味
・植物油+香料
・乳風味は人工的に付与
・バター風味の再現技術は進歩している
ただし、香料の再現度は非常に高くなり、
パン屋でもマーガリンとバターをブレンドして使うケースは多い。
古い記憶としての“トランス脂肪酸問題”は、すでに解決されている
ここで重要な話に触れておきたい。
● 「マーガリン=身体に悪い」は、古い時代の情報
マーガリンが批判された理由は、
“部分水素添加油脂”に多く含まれていたトランス脂肪酸 である。
しかし──
● 2020年以降、日本のマーガリンは
トランス脂肪酸が大幅に削減されている。
日本食品標準成分表(文科省)においても、
最新のマーガリンのトランス脂肪量は非常に低く、
欧米の規制値も簡単にクリアしている。
つまり、
現在市販されているマーガリンに
特別な健康リスクはほぼ無い。
マーガリンを恐れる必要はない。
科学的には“問題なし”が正確な評価だ。

バターは“香りの王”、マーガリンは“設計された油脂”という違い
パン屋の現場での使い分けはこうだ。
● バターを選ぶ理由
・香りが圧倒的に良い
・焼き込みの風味が強い
・クロワッサンの層がリッチにできる
● マーガリンを選ぶ理由
・生地に軽さが出る
・コストが安定している
・均一な品質が扱いやすい
・高温でも溶けにくい配合が可能
現実として、“どちらが優れているか”という話ではない。
科学的には目的が違う油脂であり、
役割も風味も全く別の存在だ。
バターの魅力は香り。
マーガリンの魅力は設計性と軽さ。
この2つを理解すると、
パンの世界が一段と面白くなる。
まとめ:バター vs マーガリン論争は、科学ではなく“思い込み”だった
・バターは乳脂肪
・マーガリンは植物油
・融点も香りも味も根本的に違う
・マーガリンの健康問題はほぼ解消されている
現代の比較で言えば、
どちらも安全で、それぞれの役割が違う油脂
というのが最適な理解だ。
パン作りではどちらも必要で、
目的によって優れているポイントは変わる。
むしろ重要なのは、
「何を作りたいか」から逆算して油脂を選ぶ感覚である。
バターとマーガリンは敵対関係ではなく、
パンの世界を広げるための2つの道具なのだ。

