パンの種類と名前で旅する世界|フランス編:香りとクラストの芸術 | まつやまパン

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パンの種類と名前で旅する世界|フランス編:香りとクラストの芸術

「一般的なクロワッサンとその断面」と「キューブクロワッサンとその断面」が並ぶアップ写真。層とバターの輝きが伝わる構図。

“香りで語る”国、フランス

フランスのパンは、見た目よりも香りで評価されると言われます。
それは、パンが単なる主食ではなく「日常の芸術」として扱われているから。
バターの香り、焼き色の香ばしさ、発酵によるほのかな酸味——
これらのバランスを極めることこそ、フランスのパン職人(ブーランジェ)の誇りです。
香りとクラスト(外皮)は、フランスのパン文化を象徴する“言葉なき美学”なのです。


バゲット──フランスを語る一本の線

最も有名なフランスパン、バゲット(Baguette)
直訳すると「棒」。その名の通り、細長く焼かれたパンです。
特徴は、カリッと焼けた薄いクラストと、
中が気泡を含んだ軽いクラム(内側)とのコントラスト。

焼成温度は約230〜250℃、わずか20分。
短時間高温焼成によって、表面が一気にキャラメリゼされ、
内部の水分と香りが閉じ込められます。
つまり、フランスパンの“音と香り”は、物理的にも緻密に計算された現象なのです。


クロワッサン──層と香りの科学

「クロワッサン(Croissant)」は、
小麦生地に発酵バターを折り込んで何層にも重ねる、まさに職人技の結晶。
一つのクロワッサンには、通常27〜36層のバターと生地が存在します。
焼き上げ時に層の間で水分が蒸気となり、
その膨張圧が生地を持ち上げることであのサクサク食感が生まれるのです。

科学的に言えば、クロワッサンは“水と油の共演”。
香りの要は発酵バターに含まれるジアセチルという芳香成分。
これが加熱で揮発し、フランスの朝を象徴するあの香ばしい香りを作り出します。


カンパーニュ──田舎が生んだ哲学のパン

「パン・ド・カンパーニュ(Pain de Campagne)」は“田舎のパン”の意。
フランス各地の農村で食べられてきた、ライ麦や全粒粉を混ぜた素朴なパンです。
長期保存を目的に、大きく焼いてゆっくり乾燥させるのが特徴。
香りはナッツのように深く、食感は噛むほどに味が出る。
派手さはないが、フランス人にとっては**「心のパン」**とも言える存在です。

現代のブーランジェリーでは、
このカンパーニュをベースにドライフルーツやナッツを加えた“進化系田舎パン”も人気。
伝統と創造のバランスこそ、フランス文化の真髄です。


ブリオッシュ──贅沢が生んだ軽やかさ

「ブリオッシュ(Brioche)」は、バターと卵をふんだんに使った甘い生地。
元は宮廷や教会で振る舞われた“祝祭のパン”でした。
生地の比率で言えば、小麦粉100に対してバター50、卵50という贅沢さ。
その結果、軽くて口溶けの良い生地が生まれました。
フランスでは“デザートと主食の境界を曖昧にしたパン”と呼ばれるほど。
柔らかさの中にも品があり、焼き立ての香りはまるでスイーツのようです。


フランスのパンに共通する美意識

フランスのパン職人にとって、「焼き色」と「香り」は自己表現の一部。
同じレシピでも、オーブンの温度、湿度、粉の配合で仕上がりは変わります。
それを“個性”として認め合うのが、フランスの職人文化です。
つまり、パンは誰かの真似ではなく、自分の哲学を焼くもの
バゲット1本に人生を懸ける職人がいる理由が、そこにあります。


まとめ|フランスのパンは香りで会話する

フランスのパン文化は、
形でも味でもなく“香りで会話する文化”です。
クラストを割るときの音、バターが立ちのぼる瞬間の香り、
そして口に入れたときの静かな余韻。
そのすべてが、言葉を超えたフランス語のように響きます。
パンの香りに耳を澄ませる——それが、フランス流の食の楽しみ方なのです。

この記事の著者

原 新

和食料理人としてオランダをはじめヨーロッパ各地で料理修行。帰国後は様々な修業を重ねたのち、地元・福岡で郷土料理や大麦料理、スープ専門店など、幅広い食文化に携わってきました。
その後、「料理の延長としてのパンづくり」をテーマに独学でパンの世界へ。ベーカリー経験ゼロからYouTubeで1800時間以上学び、一辺6cmの四角い“キューブパン”という形にたどり着きました。
雑穀マイスターとして穀物や発酵の個性を生かしつつ、最近はAIも活用して新しいフレーバーや商品アイデアを探るなど、職人の感覚とデジタルの知恵を掛け合わせた開発にも取り組んでいます。
「まつやまパン」では、“会話のきっかけになるパン”をテーマに、ちょっと楽しく、ちょっと深いパンづくりを続けています。

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