パン屋が見る“気候変動”

ニュースではよく「地球が暑くなっている」と言う。
パン屋としては、もうずっと前から知っていた。
発酵が早い。
それがすべての証拠だ。
以前は2時間かかっていた発酵が、今では1時間半で終わる。
地球温暖化は、ニュースよりもボウルの中の方が早く報告してくれる。
酵母たちは政治にも経済にも興味がない。
ただ温度が上がれば元気になる。
パン屋にとっての気候変動は、地球規模ではなく、作業台規模の話だ。
夏のパン屋は発酵が早すぎて困る。
生地が暴走する。
冬は逆に、まったく動かない。
冷暖房を使えばいいじゃないかと言われるけれど、
パン生地というのは妙に人間的で、空調の風を嫌う。
いくら理屈で説明しても、湿度が違えば全部やり直しになる。
気候の変化を実感するのは、天気予報より先に手のひらだ。
湿気の多い朝は粉が重い。
乾いた日は、混ぜた瞬間に軽くなる。
この違いが、新聞に載る気温よりも確かな“地球の体温”だと思う。
環境問題という言葉は、どうも遠い。
パン屋からすれば、毎日の発酵こそが気候そのものだ。
地球が1℃上がったところで、
生地がその1℃に敏感に反応してしまう。
つまり、地球はオーブンの中にいる。
最近のパンは昔より甘く感じる。
砂糖の量は変えていないのに、焼き上がりの香りが強い。
多分、湿度が高いせいだ。
香りというのは湿度で運ばれる。
つまり気候が変わると、記憶の匂いまで変わる。
地球温暖化は、パンの香りの質感を変える現象でもある。
世界がどうなるかはわからない。
ただ、発酵時間のメモを読み返せば、
地球がどう変わってきたかはだいたい分かる。
パン屋は気候の観測者であり、記録係でもある。
温暖化を語るより先に、今日も生地をこねている。
それが人間の“適応”というやつなのかもしれない。

