パン屋の朝2時──世界の方が寝坊しているだけ | まつやまパン

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パン屋の朝2時──世界の方が寝坊しているだけ

午前2時のパン屋。
粉の光、発酵の音、オーブンの明かり。
静かな時間の中で、パンを焼くという行為そのものを描いた画像

午前2時に起きると言うと、大抵の人は「早いですね」と言う。
でも、実際には早いわけではない
ただ、世界の方が寝坊しているだけだ

外は真っ暗で、空気は冷たい。
それでもオーブンは正確に温まるし、
粉は何も言わずにこちらの手のひらに従う。
唯一ズレているのは人間の感覚だけで、
地球はむしろ、ちょうど良いタイミングで回っている。


パンを作る作業は、科学実験に近い。
配合・温度・湿度・時間。
理屈で説明できるはずなのに、なぜか生地はその通りには膨らまない。

おそらく、パンは“理屈の誤差”に存在している。
成功と失敗のあいだ、数学があきらめた部分。
その曖昧さが、たぶん「おいしさ」なんだと思う。


発酵という言葉も面白い。
冷静に考えれば、これは腐敗の親戚だ。
「こっちは発酵、あっちは腐ってる」と言い張るけれど、
その境界線は曖昧だし、
パン屋は毎朝その“ギリギリ”を狙っている。

もしかしたら人間も同じで、
考えすぎると腐るし、
うまく膨らむと発酵する。
パンを焼くという行為は、
自分の精神状態の再現実験みたいなものかもしれない。


午前3時を過ぎるころ、香りが出てくる。
焼きたてのパンの匂いは、たぶん「達成感の物理的形状」だ。
成功したから良い匂いがするのではなく、
良い匂いがするから成功だと信じているだけ。

だからパン屋は、香りに騙されながら働いている。
朝の4時台は、世界で最も自己欺瞞に寛容な時間だ。


5時になると外がうっすら明るくなる。
新聞配達のバイクが通り、
誰かの朝が始まる。
このパンを食べる人は、きっとまだ半分寝ぼけている。
つまり、世界はまだ“こっち”に追いついていない。

でもそれでいい。
パン屋の仕事は、
世界より少し早く朝を焼くことだから。

この記事の著者

原 新

和食料理人としてオランダをはじめヨーロッパ各地で料理修行。帰国後は様々な修業を重ねたのち、地元・福岡で郷土料理や大麦料理、スープ専門店など、幅広い食文化に携わってきました。
その後、「料理の延長としてのパンづくり」をテーマに独学でパンの世界へ。ベーカリー経験ゼロからYouTubeで1800時間以上学び、一辺6cmの四角い“キューブパン”という形にたどり着きました。
雑穀マイスターとして穀物や発酵の個性を生かしつつ、最近はAIも活用して新しいフレーバーや商品アイデアを探るなど、職人の感覚とデジタルの知恵を掛け合わせた開発にも取り組んでいます。
「まつやまパン」では、“会話のきっかけになるパン”をテーマに、ちょっと楽しく、ちょっと深いパンづくりを続けています。

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