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冷凍パンは“時間旅行”をしている

カチカチに凍ったキューブパンを冷凍庫に仕舞っている様子を、先ほどとは違ったコミカルな漫画風で描いた画像

凍庫を開けるたび、少しだけタイムマシンの扉を開けている気がする。
数日前に焼いたパンが、あの時のまま眠っている。
時が止まっているように見えるけれど、
実際には「時を引き伸ばしている」と言う方が正しい。

冷凍とはつまり、時間をいったん折りたたむ技術だ。


パンというのは生きている
焼いたあとも、香りが抜け、水分が逃げ、少しずつ老いていく。
だからこそ、冷凍はちょっとした反則技だ。
焼きたての瞬間を保存する行為は、
人間で言えば「若いままの写真で居続けること」に近い。

けれど、時間を止めるには代償がある。
冷凍したパンは、未来に行く代わりに“湿度”を失う。
つまり、代わりに少しだけ記憶を手放す


解凍の瞬間というのは、パンにとっての再会だ。
忘れていた呼吸を取り戻すように、水分を吸い戻す。
「おかえり」と声をかけたくなる。
ただ、完全に元通りにはならない。
少しの空気の隙間、少しの香りの抜け──
その微妙な違いが、時間の経過を教えてくれる。


人間にとっての“懐かしさ”も、たぶん同じ構造をしている。
思い出を完全に保存することはできない。
どこか少し抜け落ちたところがあるから、
そこに感情が入り込む余地がある。
完璧な保存は、感動を殺す。
だから冷凍パンも、少し劣化しているくらいがいい。


もし時間旅行というものが実現したら、
人間も冷凍パンのようになるのかもしれない。
肉体は保存できても、心の湿度までは持っていけない。
未来に行った自分はきっと、
少しだけ乾いて、でも不思議とおいしそうに見える


冷凍パンを焼き戻すときのあの香り。
それはたぶん、「時間がもう一度動き出した匂い」だ。
オーブンの中で、過去が少しずつ現在に戻っていく。
この感覚を味わうたびに思う。

パンは、今日を焼いて、明日に運ぶ。
人間は、昨日を冷凍して、今日に解凍する。
どちらも、時間の中で生き延びるための技術だ。

この記事の著者

原 新

和食料理人としてオランダをはじめヨーロッパ各地で料理修行。帰国後は様々な修業を重ねたのち、地元・福岡で郷土料理や大麦料理、スープ専門店など、幅広い食文化に携わってきました。
その後、「料理の延長としてのパンづくり」をテーマに独学でパンの世界へ。ベーカリー経験ゼロからYouTubeで1800時間以上学び、一辺6cmの四角い“キューブパン”という形にたどり着きました。
雑穀マイスターとして穀物や発酵の個性を生かしつつ、最近はAIも活用して新しいフレーバーや商品アイデアを探るなど、職人の感覚とデジタルの知恵を掛け合わせた開発にも取り組んでいます。
「まつやまパン」では、“会話のきっかけになるパン”をテーマに、ちょっと楽しく、ちょっと深いパンづくりを続けています。

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