形の心理学──なぜ四角いパンは“満足感”を生むのか | まつやまパン

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形の心理学──なぜ四角いパンは“満足感”を生むのか

四角いパンには、見ただけで“得をした気分”になる仕掛けがある

パン屋として長く働いてきて思うのは、
人は丸いパンより四角いパンを見るとなぜか満足そうな顔をするということだ。
もちろん個人差はある。
だが、キューブパンのような形状は、初見でも「なんか良さそう」と思わせる力がある。

そしてこの“なんか良さそう”は極めて重要だ。
食べ物の満足度の半分以上は、実際に食べる前の期待値で決まる。

では、四角いパンはどのようにして人の食欲と満足感を刺激しているのか。

その答えは、形の持つ心理効果にある。


四角い形は“密度が高く見える”ため、食べ応えの期待値が上がる

食べ物の形は、視覚を通して脳にメッセージを送る。
丸い形は“軽い”“ふんわり”“柔らかい”などの軽快な印象を与える。
一方、四角い形は“しっかり”“詰まっている”“安心感がある”という評価になる。

行動経済学では、これを**形状期待効果(shape expectation effect)**と呼ぶ。

つまり、キューブパンを見ると、人はこう判断する。

「これは食べ応えがあるに違いない」
「見た目の密度が高い=満腹感が得られる」

実際には、丸パンとキューブパンで重量が同じこともある。
だが視覚の印象は、数字よりも強く意思決定に影響する。

これはパン屋にとってはありがたい誤解で、
「四角い=満足できる食べ物」と脳が勝手に処理してくれる。

四角いパンの形状と心理効果を象徴的に描いたイメージ図

四角は“人が安心しやすい形”──建築と食べ物の共通点

形の心理学でよく言われるのが、四角形は“安定性”を象徴するということだ。

・家
・本
・机
・箱
・窓

人間の生活の基本構造は、ほとんどが四角でできている
れは偶然ではなく、四角形が秩序と安定の象徴だからだ

パンに話を戻すと、キューブパンの四角さは、この“安定の象徴”と同じ効果を持つ。

「しっかり作られていそう」
「手に持ったとき安心する」
「何か信頼できる形だ」

こうした感覚が“かじる前の満足感”を増やしてくれる。

パン屋としては、ただ四角に焼いているわけだが、脳はそこに妙な信頼を寄せてくる。

四角いパンの形状と心理効果を象徴的に描いたイメージ図

キューブパンの内部構造は“形の説得力”をさらに強化する

形状だけではない。
キューブパンの内部には均一な気泡が整列している。
これは、外形の四角さと内部構造の規則性が一致しているということだ。

この“外と内が一致している”感覚が、脳を強く満足させる。

人は、一貫性のあるものを好む。
丸いパンの内部が不規則でも気にならないが、
四角いパンの内部に乱れがあると少しだけ裏切られた気分になる。
それくらい、形には心理的影響が大きい。

キューブパンは、外見と内側の整合性が高く、
「これは期待通りの味がするぞ」
と脳に予測させる。

予測がしやすい食品は、満足感が高い。
期待と現実が一致するからだ。


“角があるパン”は食べた瞬間の印象も変える

丸パンは噛み始めがふんわりしているため、印象が曖昧になりやすい。
噛んでから味が立ち上がってくる。

しかしキューブパンは違う。
角からかじるか、面からかじるかで、
噛み応えの始まりが明確になる。
これが「食べ応えの実感」に直結する。

パンなのに、噛み始めに“方向性”がある。
これはキューブパン特有の体験だ。

面をかじると柔らかさと均一性が際立ち、
角をかじると意外と“パンの輪郭”が口の中で感じられる。

食べ物に“輪郭”があると、満足感が増す。
曖昧なものより、形の手触りが明確なもののほうが“存在感がある”と脳が感じるためだ。


四角いパンは“写真映え”が良すぎる──視覚満足の加算効果

インスタやSNSでバズるパンは、例外なく写真映えが良い。
キューブパンはその最たる例だ。

四角い形は構図を整えやすく、
断面の規則性はそのまま写真の情報量になる。

「美しいもの=おいしいもの」と脳が誤解するのは、もう習性のようなものだ。

この“視覚満足”が味の満足度を押し上げる。
つまり、キューブパンは
視覚 → 期待 → 実体験 → 満足感
という流れをつくるのがうまい。

形状が一種のマーケティングになっている。

インスタやSNSでバズるパンは、例外なく写真映えが良い。

人は“整ったものを食べたい”という不可思議な本能を持っている

結局のところ、キューブパンが与える満足感は形の力だ。
人は、整ったものに安心し、満足しやすい。

形は味ではないのに、形が味を決めてしまう。
とても人間らしい錯覚だ。

だが、その錯覚こそが食べる楽しさを支えている。
キューブパンは、この錯覚を最大限に活かしたパンだとも言える。

今日も店頭で、誰かがキューブパンを手に持ち、
まだ食べてもいないのに少し笑ってしまうのを見る。
あれは“形の心理”が働いている瞬間なのだ。

四角いパンは、四角いだけで人を幸せにする──たぶん、それだけで十分だ。

この記事の著者

原 新

和食料理人としてオランダをはじめヨーロッパ各地で料理修行。帰国後は様々な修業を重ねたのち、地元・福岡で郷土料理や大麦料理、スープ専門店など、幅広い食文化に携わってきました。
その後、「料理の延長としてのパンづくり」をテーマに独学でパンの世界へ。ベーカリー経験ゼロからYouTubeで1800時間以上学び、一辺6cmの四角い“キューブパン”という形にたどり着きました。
雑穀マイスターとして穀物や発酵の個性を生かしつつ、最近はAIも活用して新しいフレーバーや商品アイデアを探るなど、職人の感覚とデジタルの知恵を掛け合わせた開発にも取り組んでいます。
「まつやまパン」では、“会話のきっかけになるパン”をテーマに、ちょっと楽しく、ちょっと深いパンづくりを続けています。

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