味わいの違いからわかること|パン・テイスティング入門③
味わいは、比べてはじめて見えてくる
ここでは、少し整理のために
マトリックス分析をしてみます。
縦軸は食感。
ふわふわしているか、ぎゅっと詰まっているか。
言い換えれば、生地が軽いか、重たいかです。
横軸は香り。
ライトな香りか、重厚な香りか。
右へ行くほど、複雑さや濃厚さに振れていきます。
パンの味は曖昧に語られがちですが、
こうして軸を置くと、位置関係が見えてきます。

比較に使う4つのバゲット
今回は、4種類のバゲットを選びました。
できるだけ多くの人が試しやすいよう、全国展開している店を基準にしています。
A:ドンク
B:メゾンカイザー
C:沢村
D:ルヴァン
Dのルヴァンは、店舗数こそ多くありませんが、
自家製発酵種の草分け的存在です。
弟子筋の店が全国にあることを考え、今回の比較に含めました。
実はこの4種、
それぞれ異なる製法・思想で作られています。
この違いをつかめると、日本のパンの進化が大まかに見えてきます。

A ドンク|軽やかで、記憶に残る香り
ドンクのバゲットは、
皮が薄く、ぱりぱりと弾けるような食感です。
中身はややもっちり。
気泡が大きく、全体としてとても軽やか。
香りには、
「なつかしいフランスパンの香り」があります。
これは、フェネチルアルコールという成分によるもの。
バラの香りの主成分と同じで、
フランスの定番ドライイースト「サフ」由来の発酵フレーバーです。
B メゾンカイザー|ミネラルと乳酸の重なり
メゾンカイザーも、皮はぱりっとしています。
ただし、生地のふくらみが控えめな分、
中身のもっちり感はより強く感じられます。
香りの印象は、引き締まったミネラル感。
そこに、小麦の甘さがじんわりと広がります。
さらに、
バターのような甘さ
焼き菓子のような香り
カルピスを思わせる乳酸感
これらは、ルヴァンリキッドに含まれる乳酸菌が生み出す香りです。
複雑さはありますが、重たすぎないバランスです。
C 沢村|熟成が生む、濃厚さ
沢村は、クラストの色が最も濃く、赤黒い。
これは、しっかり熟成され、アミノ酸が多く出ている証拠です。
香りは、
コーヒーのような苦味を含んだ香ばしさ。
アーモンドのような甘いナッツ感。
さつまいもの皮を思わせるニュアンスもあります。
皮は、ばりばりと爆裂するよう。
三重県産小麦「ニシノカオリ」の特徴です。
縦長の気泡は、水分量の多さを示します。
オーブン内の水蒸気で縦に伸び、
じゅるっとした口溶けにつながります。
D ルヴァン|発酵が前に出るパン
ルヴァンには、
糠漬けや紫蘇を思わせる酸味のアロマがあります。
これは、自家培養した発酵種ならでは。
皮は厚く、硬く、ぼりぼり。
中身の気泡膜も厚めで、もっちりしています。
イーストを使わず、
生地が大きくふくらまないための素朴さです。
焼き餅のような香ばしさや、
ゴマを思わせる香りは、
自家製粉の国産小麦、農林61号などに由来すると考えられます。
パンを食べることは、地図を描くこと
独断と偏見で、
この4種をマトリックスに置いてみました。
縦に行くほど軽く、
横に行くほど風味は濃く、複雑になります。
いろいろなパンを食べるというのは、
頭の中にポジショニングマップを作ることだと思っています。

1つだけ食べても、比較ができないので難しい。
でも、数が増えると、データが蓄積され、
自然と「どのあたりに位置するか」が見えてきます。
そして、
今までの枠に収まらないパンに出会ったとき、
強いよろこびがあります。
それに取り憑かれると、
新しいパンを求めて歩き回るようになる。
そうして、パンオタクが完成します。

