パンの進化は、なぜ「四角」に行き着いたのか|キューブパンという必然
技術は、最後に「形」に現れる
パンのイノベーションは、最初から目に見えるかたちで起きるわけではない。
発酵時間、加水率、菌の扱い方。
まず変わるのは、味や香り、口溶けといった内部構造だ。
しばらくしてから、その変化を受け止めるために「形」が更新される。
日本のパン業界で起きてきた進化も、最終的にはこの地点に行き着いた。
キューブパンは、奇抜なデザインの産物ではない。
技術が変わった結果として、選ばれた形だ。
高加水・長時間発酵が形を問い直した
長時間発酵や高加水によって、パンの中身は大きく変わった。
しっとりし、やわらかく、口溶けがよく、甘みが出る。
その一方で、生地は扱いにくくなる。
重力に負けやすく、だれやすい。
従来の「丸」や「棒」の成形を前提にすると、構造に無理が出る。
つまりここで、
「どんな形が、この中身を一番きれいに支えられるのか」
という問いが生まれる。

ベーグル専門店が成立した理由
ここで、他の専門店を見てみる。
たとえばベーグル専門店。
ベーグルは、低加水で、強いグルテン構造を持つパンだ。
詰まった生地、噛み応え、密度の高さが価値になる。
だから、
丸くて、穴があって、持ちやすい。
成形も安定し、食感の個性がぶれにくい。
ベーグル専門店が成立するのは、
その形と製法が、価値を最も純粋に伝えるからだ。
食パン専門店が増えたのも必然だった
次に、食パン専門店。
食パンは、
やわらかさ
しっとり感
甘み
均質さ
が価値の中心にある。
ここでは「形」は主役ではない。
むしろ、一定のサイズで、均一に焼けることが重要になる。
だから角型。
だから斤。
切り分けやすさや、日常での使いやすさが最適化されていく。
食パン専門店の増加も、
製法と用途が明確に結びついた結果だ。
では、キューブパンは何を専門にしているのか
ここで、キューブパンを置いてみる。
キューブパンは、
高加水
やわらかさ
口溶け
甘み
といった、現代的なパンの価値を内包している。
同時に、
中身がやわらかく、崩れやすいという弱点も持つ。
それをそのまま「丸」や「棒」にすると、
形は不安定になり、
断面の美しさや食感にばらつきが出やすい。
ここで四角が選ばれる。
四角は、やわらかさを守る構造
キューブという形は、構造として合理的だ。
・内圧が均一にかかる
・生地が流れにくい
・断面構造が安定する
・やわらかさを保ったまま成形できる
四角は、生地を縛るための形ではない。
やわらかさを成立させるための器だ。
高加水・長時間発酵という技術を、
無理なく、きれいに表に出すための形。
それがキューブパンだった。
日本的な感覚とも噛み合う
もう一つ、大きな理由がある。
日本人は、
やわらかいものを、
形あるものとして丁寧に扱う文化を持っている。
ごはん。
豆腐。
出汁を含んだ煮物。
崩れやすいものほど、
枠や器で支える。
キューブパンは、
やわらかさと輪郭を同時に成立させる。
この感覚は、日本の食文化と相性がいい。
専門店とは、価値を一つに絞ること
ベーグル専門店は、噛み応えを極める。
食パン専門店は、日常のやわらかさを極める。
そして、
キューブパン専門店は、
高加水・やわらかさ・構造美を同時に極める。
専門店とは、品数を減らすことではない。
価値を一つに絞り、その伝え方を研ぎ澄ますことだ。
キューブパンは、
日本のパン業界が積み重ねてきた技術革新を、
もっともわかりやすい形で提示できる存在になった。
四角は、途中経過であり、現在地
キューブパンが最終形だとは思っていない。
パンは、これからも変わる。
ただ、
今の技術
今の嗜好
今の日本の感覚
を、最も正直に映している形の一つであることは確かだ。
キューブパン専門店が「あり」なのではない。
ここまでの流れを見れば、自然にそうなった。
パンの進化は、
静かだが、確実に形を変えていく。
キューブパンは、私の現在地での形にしかすぎない。

