和食料理人からパン職人へ。福岡の街角で私が「6センチの四角いパン」を焼く本当の理由|まつやまパン
私はたぶん、「わがまま」だったんだと思います
こんにちは。「まつやまパン」店主です。
福岡の街角で、6センチ四方の小さな「キューブパン」を焼き始めてから、
たくさんのお客様に「なぜ四角なんですか?」と聞かれます。
その答えを丁寧に紐解こうとすると、
たどり着くのは私自身の少し「わがまま」な生き方でした。
今日は、和食の料理人だった私が、なぜパンの世界に飛び込み、
この不自由な「四角」という形に自由を見出したのか。その物語をお話しさせてください。

1. 修行時代の葛藤と、オランダの空の下での衝撃
私の料理人としての原点は「和食」でした。
毎日、同じ形、同じ手順、同じ正解。
伝統という美しい型の中で技を磨く日々は充実していましたが、
心のどこかで少しずつ「息苦しさ」を感じている自分がいました。
「自由に料理をして人を喜ばせたい」と思って飛び込んだ料理の世界
気づけば誰かが決めた料理しかできていないことに息苦しさを感じていました。
そんな修行時代、私はオランダのロッテルダムという街にいました。
そこで目にしたのが、重力をあざ笑うかのように傾いて建つ
**「キューブ・ハウス」**でした。
「建物が傾いて建ってる!」
和食の道で型にこだわっていた私は雷に撃たれたような衝撃を受けました。
「料理だって、もっと自由で、驚きがあっていいのかもしれない」。
この時感じた、違和感のような直感。
多分そこがはじまりだったと思います。
2. なぜ「四角」なのか。制約が生む、無限の自由
自然界には存在しない「完全な正立方体」。
それはどこか人工的で、だからこそ人の想像力を強く刺激します。
「何が入っているんだろう?」
そう思わせる6センチの箱の中身は、感覚ではなく、
緻密な計算で導き出されます。
大きさが決まっているという「制約」があるからこそ、
その中に何を詰め、どう表現するかは、
作り手である私の完全な自由になります。
「不自由な型があるからこそ、その中では誰よりも自由でいられる」
和食の料理人として「型」と向き合ってきた私にとって、
この「キューブパン」という表現方法は、驚くほど性に合っていたのです。
【新要素】思わず誰かに教えたくなる、6cmの魔法
袋から取り出した瞬間、誰もが一度、その手を止めてしまいます。
手のひらに収まる完璧な6cm四方の立方体。
そのあまりの端正さと可愛らしさに、スマホを構えずにはいられません。
「見て、これパンなんだよ!」
そう言って誰かに写真を送ったり、
手土産として差し出した時の相手の驚く顔を想像してみてください。
この四角いフォルムは、単なる形ではありません。
受け取った人の心を動かし、
「ねえ、聞いて」と
会話を弾ませるコミュニケーションのきっかけなのです。
「どこで買ったの?」「中には何が入っているの?」
そんなワクワクする問いかけが生まれる時間は、パンを口にする前にもう始まっています

3. 「食べにくさ」の先にある、本当の美味しさ
正直に申し上げます。
私たちのキューブパンは、そのままだと少し食べにくい形かもしれません。
ですが、ぜひお家に帰ったら、
思い切ってカットしてみてください。
断面が現れたとき、このパンの表情はようやく完成します。
それでも、私がこの形を譲らないのには理由があります。
それは、**「この焼き方でしか辿り着けない味」**があるからです。
- 密閉状態で焼き上げる: 生地の水分を逃さず閉じ込めます。
- 極上の食感: 指先が沈み込むような、シルクのようにしっとりとした口溶け。
- 芳醇な香り: ちぎった瞬間に立ち上る小麦の力強い香り。
効率や便利さよりも、一口食べた瞬間に「ああ、幸せだ」と感じてもらえる一歩深い美味しさを。それが、料理人からパン職人になった私が守りたかったものです。

4. 福岡の街で、あなたを待っています
整然と並んだキューブパンの姿には、不思議と心を落ち着かせる力があります。
- 忙しい毎日の、ちょっとした立ち止まるきっかけに。
- 自分をいたわる、週末のご褒美に。
- 「角が立たない」大切な人への贈り物に。
「パンに正解なんてないけれど、
こんな解答も、悪くないかもしれない」
そんなふうに感じていただけたら、これ以上うれしいことはありません。
今日も福岡の街の「角(かど)」で、
新しいキューブを焼き上げながら、
あなたにお会いできるのを楽しみにしています。

